ゲイの視線、バイの視点。

宇宙と世界は人の数だけある。僕が何者であるかは僕が決める。僕は望むビジョンを表現する…というゲイ(バイ)のブログ。

#0017 粋だねぇ

念を押すが、姪っ子は中学3年生である。

修学旅行のお土産を買ってくれたとのことで妹を通してありがたくいただき、色々聞いていると、ハリー・ポッターオザケンとは別枠で熱烈にハマっているものがあるという…。

なんだと聞くと、落語だという。笑点をBSでやってる昔の再放送含め食い入るように見続けているとのことだ。

あの落語家さんはまくらが面白い、的な話を嬉々として語る娘に、母である妹はかなりびっくりしたと。

で、もうすぐ古希を迎えるベテランの某落語家さんにファンレターを出し、その返事が来たと狂喜乱舞していたとのことである。

いくら時間を超えて作品がリアルな今と並列だからといって、さすがにその渋さに僕もびっくりしてしまった。粋だねぇ、いいセンスしてるじゃないか!

そんなには詳しくはないけれども落語好きなおっちゃんといたしましては、僕が好きな落語家のいくつかを推薦しないわけにはいかないのですよ、ということで

チョイスしたのが、五代目柳家小さんの「時そば」、柳家喬太郎の「時そば(というかコロッケそば)」、そして、初代林家三平の「源平盛衰記」の3つである。

まさか中3の姪っ子にこんなチョイスを勧める日が来るとは、である。

さて、僕がなんでまた、落語、特に江戸の方が好きなのかと、ちょっと考えてみたのである。

僕は首都圏に6年ほど住んでいた。高校大学のとき、教えてくれていた先生や友人に首都圏出身の人が多かったこともあって馴染んでいたのか、首都圏に引っ越してすぐに関西弁が出なくなり、京都出身ですというと驚かれることすらあった。むしろ話し言葉としては、上方より好きな気がする。

そもそも、標準語と東京方言は違う。事細かいことは詳細な知識があるわけではないのだけれど、首都圏に暮らしてまず思ったのが、標準語とされるものとは違う、東京の訛りがあるのだということを実際に自分の耳で聴いて初めて体感したのだ。

東京の訛りも色々あって、山の手言葉も耳にしたし、「ひ」を「し」と表現するべらんめぇ的な江戸言葉を話すおじいちゃんと話していて、なんともいえぬ趣きがあるなあと感心したこともあった。横浜に住んでいたときは、語尾に「べ」を用いる男性が多いことにも気がついた。

とはいえ僕らの世代となると、テレビで話されている標準語がほとんどで、自分もそれに合わせて話していた。京都に戻ってきてずいぶん経つので、関西弁に戻ってしまっているけれども、時折話している相手が怪訝そうな顔をするのでどうしましたか?と聞くと、イントネーションが標準語になっていると言われることがままある。

話される言葉、書き言葉含めて、人間がコミュニケーションをするとき、話されている言葉の意味そのものだけではなく、ノンバーバルなものも含めたトータルとして相手に伝わるのだが、文学であったり、話芸、というものは、文字、言葉としての意味だけではなく情感であったり、語る人間の人となり、人柄、魅力、色気のようなものが情報として、何かしら趣きあるものとして伝わるからこそ、芸術なのだと理解している。

僕が影響受けているのはおそらく、中学校のときによく見ていた、メーカーに媚びないスタイルで遠慮なくぶしつけにクルマの評価をして人気だった新車情報三本和彦の語り口調、他には、三島由紀夫青島幸男石原慎太郎の語り口、また書かれた書物の文体なんかが好きだったのだなと思う。

彼らに共通するのは、標準語ではなく、東京言葉、つまり江戸弁の語り口であり、また、単にニュースを読む情報伝達だけではないプラスの何かを付加していて、特に三本和彦などは、この人は落語家ではないのかと思うほど面白かったのだ。

柳家小さんの言葉遣いは「東京の下町のおじいちゃん」がそのまま出てきたような情感があるし、初代林家三平の語り口には、人柄の良さと言うか、品格が感じられる。

これらの感覚は、椎名林檎の作詞にも感じるし、また、米津玄師の言い回しにも感じることがある。

語られる言葉、話が芸術になっているものが好きで、影響を受けているのだなと改めて気づく次第である。

今は標準語関西弁にとらわれず、福岡弁、栃木弁、茨城弁、岡山弁…と自身の出身の言葉で漫才を披露する漫才師の人たちもいるし、相対化されてきているとは思うけれども、

意思伝達という意味ではなく、粋であること、歓娯、または人を癒やし勇気づけるという意味で、言葉、語りにこだわり、意識を向けるのが、僕は好きな人間なんだなという屁理屈を

自分がこういう文章スタイルであることのいいわけに使う次第である。


林家三平 源平盛衰記